鈴木主税さんのこと
きのうの午後、ノンフィクション翻訳家の鈴木主税さんが亡くなったというニュースがネットで流れた。10月25日に、74歳で亡くなられたという。心よりご冥福をお祈りしたい。
鈴木さんといえば、『文明の衝突』や『大国の興亡』といった骨太なノンフィクションで有名な翻訳者だが、僕が会社に入った1999年、僕が直接担当したわけではないが、『博士と狂人』というノンフィクションを鈴木さんの翻訳で出させてもらったのが弊社での最初の作品だった(もともと違う版元で出るはずが、その版元が立ち行かなくなってウチで版権を引き取ったのだが)。
以来、多くの作品をみずから訳して頂き、また多くの優秀なお弟子さんを紹介して頂いた。鈴木主税軍団のご協力がなかったら、この10年の早川書房のノンフィクションはなかったといっても過言ではない。たとえば、10万部を超えたパコ・アンダーヒル『なぜこの店で買ってしまうのか』、はたまたトム・ケリー『発想する会社!』といったロングセラービジネス書は、会社の売り上げだけでなく、僕自身のキャリア(と呼べるほど立派じゃないが)においても大きな力になっている。たまさかに今年はこれらの著者の来日が目白押しでバタバタしていたのだが、いま僕が大して大変でもないくせに忙しそうな顔をしていられるのも、鈴木さんのおかげなのである。
もちろん、翻訳出版においては版権を買うのは出版社だから、たいていの場合は鈴木さんが本を選んでいたわけではない。しかし、売れそうな本は会社も期待しているので、納期やクオリティが堅い翻訳者に流れる。2000年から2004年くらいまで、早川書房にかぎらず他社からも、どんだけ出るんだというくらい、鈴木さんの訳書が出た。僕も、多忙を理由に断られたことはないように思う。だからいつも忙しそうにされていたのだが、夏のさかりに事務所にお邪魔すると、みずから冷たいお茶とかビールとか出して下さったのを思い出す(だいたい夕方に行って、そのあと中野でご馳走になる……)。
鈴木さんは、ビジネス/経済だけでなく、いわゆる「ノンフィクション」作品もたくさんお訳しになっている。どうなんだろうか。僕の知っている鈴木さんは月の半分は沖縄に行っていて、自由人的な風貌だったから、ビジネスよりは鈴木さんはそういう普通のノンフィクションのほうが好きだったんじゃないかという気がする(ビジネスって興味あったのかなっていうくらい)。鈴木さんが昔に訳されたそんなノンフィクションを最近読んだのだが、同時代のほかの訳者のものと比べると、格段にうまいのがわかる。文章のセンスも独特だが、日本人に未知の文化を紹介できることを楽しんでいるような、そんな洒脱な感じというか。ノンフィクションは調べ物が多くなるのだが、インターネットもない時代に、よくこんなもの訳したなと感服する。
「ノンフィクションの翻訳家」という仕事が鈴木主税によって切り開かれ、後の人が(翻訳者だけでなく編集者も)その道を進めるようになって、多少華々しい時代もあったかもしれないが、いま出版不況(というか衰退)の壁に突き当たっている。ここからは、翻訳出版にとっての新たなフェーズに入らなくてはならない。それがどんなかはまだよくわからないが。鈴木さんが道をつくったように、これからは我々があらたなスキームを作らないといけないところにきていると思う。
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