さて、「解説」UP第2弾は、大森望さんによる、フィリップ・K・ディック『流れよわが涙、と警官は言った』の解説です!少々長めですが、全文掲載。ちなみに、大森望さんは現在好評発売中の伊藤計劃『虐殺器官』の解説も担当されています。こちらもすばらしい解説ですので、ご興味のある方はぜひ! と、ダブル宣伝。
大森望
「(本書の登場人物のひとりである)バックマン本部長がこの本を読んだら、いったいなんというだろうか?」と考えたことがある。(中略)彼は赤のボールペンであちこちに線を引き、さまざまな場所にクエスチョン・マークを書き入れ、最後にこうつぶやくだろう。「愛にはいろんな形があるようだ。この小説はそれについて書いている。しかし、最後に出てくる、究極の、いちばん謎めいた愛、すべてに対する愛については、まるきり説明がない。たぶん、作者もちゃんとわかってはいないんだろう。だが、それが存在することはまちがいない」それから彼は、暖かで趣味のいい書斎の、床から天井まである大きな本棚に本をしまい、あとは忘れてしまう。
しかし、すべて忘れてしまうわけではない。彼の聡明な頭脳は、この小説とそれが語りかけてきたものとをそっくり忘れさせてはくれないのだ。
いつか、ずっと先の、遠い遠い未来の一瞬に、彼は考え、この本を理解する。本の中で起こったことを、なぜそうなったか、そこにどういう意味があるのかを理解する。そのとき、彼にとっては、ともかくフェリックス・バックマン警察本部長にとっては、この本はたしかに意味のあるものとなるだろう。
そして、そのことを知って、作者はしあわせである。
──フィリップ・K・ディック
〈PKD Newsletter〉八六年十月号に掲載された、未発表の本書序文より抄訳(一九七○年夏ごろのものと思われる)
本書は、一九七四年に発表されたフィリップ・キンドレッド・ディックのSF長篇、Flow My Tears, the Policeman Saidの全訳である。七五年のジョン・W・キャンベル記念賞を受賞したほか、同年のネビュラ賞最終候補にも残っている。ご承知のように、本書の邦訳はもともとサンリオSF文庫から刊行されていたが、八七年に同文庫が廃刊されて以来、絶版状態となっており、このたび本文庫に改めて収録されることになったしだい。
作者は死んでも、すぐれた芸術作品は残る──ちょうど、本書の結末で、メアリー・アン・ドミニクの青磁の壺が、登場人物たちの死後も大切に保存され、人々に慈しまれるように。ディック後期の代表的な傑作である本書が、さほどの間をおかず復刊されたことを心から喜びたい。(関係ないけど、サンリオSF文庫は古書店業界で高値を呼んでいるようで、大枚はたいてサンリオ版を買ったばかりなのに、って人がいたらご愁傷さま。ほかにもいくつかの作品については、復刊もしくは新訳刊行が予定されているらしいので、悪徳古本屋にだまされないようご注意を)
この、奇妙に魅惑的なタイトルをぼくが初めて目にしたのは、SFマガジン七六年一月号に載ったジーン・ヴァン・トロイヤー氏によるSFスキャナー。一度目にしたら忘れられない名前を持つこの小説が訳される日を、首を長くして待っていたことを思い出す。
『流れよわが涙、と警官は言った』──どちらかというと即物的なタイトルが多いディック長篇群の中で、これは、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や、Now Wait for Last Yearと並んで異彩を放っている。しかし、こうして挙げてみると、そのいずれもが、数あるディック長篇中一、二を争う傑作ではないか。独断を承知でいえば、ディックのSF長篇においては、名は体をあらわすのだ。(ところで、ハーラン・エリスンには「・悔い改めよ、ハーレクィン!・とチクタクマンはいった」って短篇があって、このタイトルもかっこいい。大原まり子の『処女少女マンガ家の念力』の冒頭には、「目覚めよわが妹よ、と少女マンガ家は言った」ってフレーズが出てくる──以上蛇足)
ここで本書の成立前後の事情について触れておこう。ビブリオグラフィを見ると、ディックは六○年代に二十篇に及ぶSF長篇を発表しているが、七○年の『死の迷宮』を最後にふっつりと作品がとだえ、ようやく四年ぶりに刊行されたのが本書。しかし、この作品の第一稿は、すでに七○年には完成していた。エージェントのスコット・メレディスに宛てた、七○年八月二日付の手紙で、ディックはこう書いている。「わたしは(『流れよわが涙』の)草稿を読み返し、いくつかの場面に手を入れ、材料を追加し、結末を練りなおしてもっと効果的にした。それから、修正した原稿をもう一度はじめから読んでみた。これは、いままでに書かれた中で最高のSFだと思う。まちがいなく、わたしの書いたものの中では最高だし、どうしてこんなものが書けたのか、自分でも見当がつかない」
にもかかわらず、決定稿ができあがるまでには、なお二年半の歳月をまたなければならない。速書きで知られるディックが、本書にかぎってなぜそれほど長い推敲期間を要したのか。その疑問に答えるには、著者の人生をたどってみる必要がある。
七○年代はじめといえば、ディックにとってきわめて多難な時期だった。そのころのディックは四十代前半、不惑を過ぎた年齢だが、生活のほうはおよそ安定とは縁遠い。本書の草稿を書き上げた翌月の七○年八月には、妻のナンシーが娘のアイサを連れて家を出てしまう。つづく七一年には、あまりにも有名な、未解決の家宅侵入事件。
グレッグ・リックマンによるインタビュー集、Philip K. Dick : In His Own Wordsの中に、この当時の生活と『流れよわが涙、と警官は言った』について、ディック自身が詳細に語っている件りがあるので、すこし長くなるが引用する。
『流れよわが涙』を書いたのは一九七○年のことだ。あれを書いたのは、わたしの人生でも最悪の時期だった。あの時期が最悪だったのであってほしいね。あんな日々は、もう二度と経験しないですませたい。わたしがその本を書いているあいだに、ナンシーは家を出てしまい、それでもわたしは最後まで書き上げた。ナンシーは娘を連れて去ってしまったのに、わたしは部屋が四つ、バスルームふたつの家にたったひとりで住み、本を完成させようとしていた。本のテーマは自伝的なものになった。ナンシーを失ったことでひどく苦しんでいたから、(本書に登場する)警察本部長の妹を死なせた。そのあとで本部長が経験するすさまじい悲しみと孤独は、じっさいにすべて、ナンシーを失った悲しみに基づいている。
だから、このとき自伝的な書き方になってしまったのは、自伝的要素を排除することができなかったせいだ。『戦争が終り、世界の終りが始まった』の場合とは違う。『戦争が終り……』は、たしかに自伝的な長篇だが、それは自伝的長篇を書こうと思ったからなんだ。ところがこの本の場合には、わたしの実人生に起きていることを頭から締め出して、小説を書くことができなかった。実人生に起きていることが本の中に無理やりはいりこみ、本を支配した。だからわたしは、この本の結末を何稿も何稿も書き、書いては直し書いては直した。ナンシーに去られたことに対する気持ちを紙の上に書きつけるために。ほんとうに愛していたんだ。ひょっとしたら彼女は、わたしが出会った中でいちばんすばらしい人間かもしれないと思う。それほど愛しただれかを失うのがどういう気持ちのものかを書きとめたかった。だからわたしは、結末を何度も何度も推敲し、おかげで、決定稿をタイプで清書してエージェントに送る段になると、すっかりくたびれはてていた。自分で満足するまでに、第六稿まで書いていた。わたしは原稿を放り出し、ふたたびとりかかったのは、七三年に、オレンジ郡にもどってきてからだった。
ここでは触れられていないが、妻と娘が去ったあと、ディックの家は、ストリート・ピープルたちのたまり場になる。ジェフ・ワグナー「彼の書いていた世界の中で──フィリップ・K・ディックの世界」(浅倉久志訳/『悪夢としてのP・K・ディック』に収録)によれば──
「その大半は、溜り場をほしがっていた十代の麻薬常用者だった。この若者たちの多くは死ぬか、それとも不治の病気に罹った。十八カ月間のどん底生活で、ディックは十一人の友人を地元の精神病院へと運んだといわれる」
「ディックの小説特有の悪夢に似た雰囲気がふたたび彼の生活に侵入しはじめた。そこでは若者たちが彼の目の前でトリップし、無防備な平凡人たちが別世界へとびこんでいき、そして帰ってこない。ディックは創作をやめ、依然として大量の覚醒剤を使いながら、その生活の仲間入りをした。キャシイ・デミュエルという黒い髪の娘と恋におちた。若者たちの放埒さと、苦しみを分かちあった」
このときの体験に直接取材したのが『暗闇のスキャナー』だが、それはまたべつの話。文中に出てくるキャシイ・デミュエルと本書に登場するキャシイとの名前の一致は偶然ではないだろう。だが、ディックは、この“黒い髪の娘”にも裏切られる。ディックは彼女といっしょに、講演を依頼されていたカナダへと赴くはずだったが、キャシイは最後の瞬間に搭乗券を破り捨てた。(また、この当時、ディックは、ダナという十八歳の少女とも知り合っている。彼女はヘロイン中毒で、同時に警察への情報提供者だった)
当時のディックは鬱病を治すためにアンフェタミンを常用しており、七二年二月、バンクーバーに渡ってからも、鬱はつづいた。「わたしは、鬱状態だったからアンフェタミンを飲んだ。なぜ飲むのかということについては、わたしは完全にまちがっていた。書くために飲むんだと思っていた。鬱を追い払うために飲むのだと。鬱が治れば、書くことだってなんだってできる、と」(ポール・ウィリアムズによる評論・インタビュー集、Only Apparently Realより)
一行も書けないまま、ディックの鬱病はますますひどくなり、三月には自殺を企てて、二十四時間監視のつく療養センターに入院した。四月になってようやく体が回復すると、カリフォルニアにもどって新生活をはじめる。そこでテッサ(レスリー・バズビー)という女性と知り合ったディックは、ナンシーと正式に離婚し、テッサと結婚する。そしてようやく、長い鬱状態を脱してふたたび書きはじめ、短篇「時間飛行士へのささやかな贈り物」につづいて、『流れよわが涙、と警官は言った』を完成させる……。
ディックの人生をふりかえるのに、思いのほか紙幅を費してしまった。小説だけを楽しみたいという人には、あるいはどうでもいいことかもしれないけれど、しかし、『流れよわが涙、と警官は言った』という小説が、なぜこれほど胸に迫る力をもっているかについての、ささやかな傍証にはなるかもしれない。
引用ばかりで終わるのも気がひけるので、蛇足ながら、本書についてごく私的な感想を記しておきたい。
本書はなによりも、涙を流すこと、泣くことについての物語である。最愛のものを失ったとき、人間であれば泣くことができる。
水鏡子氏が「ディック断想」(SFマガジン八二年七月号、のちに加筆訂正されて『悪夢としてのP・K・ディック』に収録)の中で指摘しているとおり、本書に登場するスイックスの六は、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』におけるネクサス・型の六に通じる。ジェイスン・タヴァナーは、遺伝子操作によって生み出された、(ディック的な意味での)アンドロイドなのだ。だからこそ、ジェイスンは涙を流すことができない。ルース・レイの語るウサギについてのエピソードの意味するものを理解することができない。しかし、人間であり、本書の真の主人公でもある警察本部長、フェリックス・バックマンは、妹の死に涙を流す。バックマンというキャラクターは、本来ならディックの敵であるはずの人物だ。「おれはけっしておまえに説明するわけにはいかない。ただこう言うだけだ。当局の目に触れるんじゃないぞ。おれたちに興味を抱かせるんじゃない。おまえのことをもっと知りたいなんて、おれたちに思わせるんじゃない」というバックマンの独白は、そのまま、カリフォルニア時代、たえず国家権力から監視といやがらせを受けつづけたディック自身に向けられたものだ。それでもなお、バックマンは涙を流すことができる。人間であるが故に。
しかし、この小説の中で流される涙は、あきらめの涙ではない。たとえば、同じく人間の悲惨を描きながら、「そういうものだ」という言葉で切って捨てるヴォネガットの諦観は、ディックには存在しない。ディックにおける涙は、どうしようもない現実をどうにかしようとする強固な意志のあらわれにほかならない。ルース・レイはジェイスン・タヴァナーに向かっていう。「嘆くのは人間、子供、動物が感じることのできるもっとも強烈な感情なのよ。それはすばらしい感情だわ」「悲しみは自分自身を解き放つことができるの。自分の窮屈な皮膚の外に踏み出すのよ」
だから、ディックはつねに涙を流しつづける。人間のために。そして、涙も乾かぬうちから、怒りをむきだしにして、この“現実”にくってかかる。死んでいった人々、血を流しつづける人々のために。
最後にちょっとだけ、個人的な話を書くことをお許しいただきたい。ディックがこの世を去ってから、早いものでもう七年になる。
「フィリップ・K・ディック氏(米SF作家)二日、カリフォルニア州サンタアナの病院で卒中のため死去、五十三歳。一九二八年シカゴ生まれ。(ニューヨークAP)」
──一九八二年三月四日付の新聞の片隅にひっそりと載った、この短い死亡記事を見つけたとき、ぼくは涙を流しはしなかった。そのころ学生だったぼくは、春休みで実家に帰り、ファンジンを編集していた。何人かのディック・ファンの友人に電話をかけ、そのニュースを伝え、言葉少なにディックの思い出を語り合った。毛沢東が死んだ、とガールフレンドに電話をかけたときのディックとは違って、涙声ではなかった。その日の夜は、仲間のひとりが訳したディックの短篇集The Golden Man序文の原稿にもう一度目を通した(この序文は、のちに浅倉久志氏の翻訳で『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック・』に収められた)。その中で、ディックはこう書いている。
いまわたしが怒り狂っているのは、いちばんの親友のドリスという二十四歳の女の子のことだ。彼女はガンに罹っている。わたしの恋している人間は、いつ死ぬかもしれないのだ。そこで、神とこの世界に対する激怒がわたしの体内を駆けめぐり、血圧が上がり、脈拍は速くなる。そこでわたしは書く。わたしの愛する人たちのことを書き、彼らを現実の世界ではなく、わたしの頭から紡ぎだされた架空の世界の中に住まわせようとする。現実の世界はわたしの基準に合わないからだ。わかってる、自分の基準を修正すべきなんだろうさ。わたしは足並みを乱している。わたしは現実と折れあうべきだ。だが、一度も折れあったことはない。SFとはそういうものなんだ。(浅倉久志訳)
そのあとぼくは、ファンジンの資料にと、たまたま郷里まで持って帰っていたサンリオ文庫版の『流れよわが涙、と警官は言った』を読みはじめた。それがせめてもの追悼だと思った。そして、読み終わり、本を閉じたときも、涙を流してはいなかった。だがそれから、ジェイスン・タヴァナーの、フェリックス・バックマンの、アリス・バックマンの、キャシイ・ネルソンの、ルース・レイの、そしてフィル・ディックの生涯に、寝床の中で思いをはせたとき、ぼくの目はかすかに潤んでいたかもしれない。つまり、ぼくにとって、フィリップ・キンドレッド・ディックとはそういう作家だったのだ。
あなたにとっても、この本が、とくべつな一冊となりますように。
いかがでしたか。この作品について、実は当ブログ内でこんな方も感想を書いてたりします。あわせてご覧ください!